龍江の学校・学校跡を紹介

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龍江の学校・学校跡を紹介 2017-07-20T14:22:26+00:00

龍江の学校

龍江小学校(龍の彫刻)

明治5年の学制頒布に基づいて明治20年(1887)に完成したのが初代の校舎である。玄関には木曽の名工坂田亀吉の彫った龍の彫刻のついた、当時群下で一番モダンな校舎であった。
この彫刻は今も小学校の玄関に飾ってある。
その後児童数の増加に伴って、大正時代と昭和15年に新校舎が増・改築され、昭和56年に現在の鉄筋コンクリート校舎が完成した。第3代目の校舎である。
「祖父も父もぼくも学んだ龍江小」

竜東中学校

龍江4区・千代・上久堅と下久堅稲葉地区が統合して竜東中学校が誕生した。昭和45年4月の開校であった。
その後、昭和47年には現在の校舎も完成した。
恵まれた自然環境の中で、素直で明るい生徒たちは、花壇づくりに取り組み、内閣総理大臣賞はじめ数多くの賞に輝いてきている。
自然を愛し、小さな命にも心を寄せる、豊かな情操を伝統的に育てている。

龍江の学校跡

梅田小校跡

 明治6年(1873)、筑摩県の教則に基づいて1区の定継寺、3区の神明社とならんで4区の7ヶ村連合で尾林の十王堂に設立されたのが梅田小校である。
その後、明治25年(1892)宮沢に新校舎が完成し、梅田小校はその役目を終えた。
現在この跡地には、石柱が建てられ、往時の名をとどめている。

宮沢分校跡

 明治25年(1892)、学校制度が軌道に乗って、宮沢和世田神社外山に新校舎が建設され、龍江尋常小学校宮沢分教場と名付けた。
第二次大戦後、宮沢分校と改め、学校の特色を出すため、合奏教育に力を入れ、SBCテレビ放送に出演したほど成果を上げた。
昭和47年、児童数の減少に伴い99年の歴史に幕を閉じた。
「合奏が全国放送宮沢分校」