龍江の芸能・工芸を紹介

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龍江の芸能・工芸を紹介 2017-07-19T17:55:43+00:00

龍江の伝統芸能

人形の館-今田人形

宝永元年(1704)に「八幡宮祭典賑ワイの為」初めて奉納された今田人形芝居は、第二次大戦時中断したが、連綿と引き継がれ現在に至っている。昭和50年に文化庁から「無形民俗文化財」に選択され、平成2年には「飯田市無形文化財」に指定された。
平成6年、現在の今田人形の館が完成し舞台が整った。
現在、今田人形座の座員によって、八幡宮の礼祭をはじめ、全国人形劇サミット、人形劇フェスタや各地の行事に招かれて演じられ、継承・発展してきている。
「伝統が館にはえる今田人形」

龍江の工芸品

天竜峡焼

明治35年頃、千代の篠田得斉・萩本匋斉らが諏訪の篆刻師八幡効處の技術を取り入れて、陶器に書を刻んで焼成した。
これが珍しく大好評となった。天龍峡篆刻陶器の始まりである。
始めは尾林に窯を築いていたが、大正10年に天龍峡に窯を築いて移り、天龍峡焼きの名が広く知られるようになった。
「篆刻で天龍峡焼その名挙げ」
「四季の花竜峡焼の花器で映え」

尾林焼窯元

飯田城主のお庭焼の陶工として瀬戸から招かれた水野儀三郎は、文政7年(1824)に飯田で陶業を始めた。
その後儀三郎は良質の陶土を求めて尾林に移り、主に日用雑器を焼いていた。
この尾林の地は古くから陶業が行われており、尾林古窯址として知られ、発掘調査もされている。近くにある八幡社(尾林神社)に奉納されていた狛犬には慶長14年(1609)の刻銘があり、在銘のものでは長野県下で最も古く、飯田市文化財に指定されている。
尾林焼きは現在日本伝統工芸会員の水野さんと息子さんに受け継がれている。
「世に広く尾林焼きの煙立ち」
「茶を点てる土のぬくもり尾林焼き」