「イタチが沢 大井のみなもと 村ざかい」

ご存知「龍江かるた」の一句です。

 

「龍江かるたを訪ねて」という冊子をご存知でしょうか。

龍江かるたの学習資料、いわゆる攻略本です。

龍江自治新興センターで1冊200円で販売されています。

龍江かるたで遊んだり、学んだりして数々の名所の名前は知っていても、実際にその場所に行っり、どこにあるか知っている人って実は少ないのでは??

「龍江かるたを訪ねて」とはいえ、どうやって訪ねればいいんでしょう???

という疑問に応えるべく第一弾、「龍江かるたを訪ねてみた」です。

 

場所はイタチが沢最終処分場跡地。

赤い天龍橋から上城地区へ上ってきたところです。

この道路脇の側溝を勢いよく流れる水が、龍江かるたで詠まれた大切な大井の水なのです。

この道を進んでいくと途中から未舗装の砂利道になります。

三遠南信 龍江インターへのアクセス道です。

この道についてはまた今度紹介するとして、この道の脇からイタチが沢への通じる入口があるのです。

「キケン落石注意」。この先は子供たちだけ、一人だけでは絶対に入っていかない方が良いです。

頭上にも眼下にも切り立った崖がそびえ立ち、いつ落石、崩壊してもおかしくない危険地帯です。

谷底が全く見えません。

滑落しないように慎重に進んで行きます。

しばらく進んでいくと、足下にトンネルを発見!

下は崖なので当然このトンネルを覗くことはできません。

絶対に覗かないでください。

ところで、なぜにここにトンネルがあるのでしょう。

「龍江かるたを訪ねて」によると

江戸時代にいたちが沢から水を引いて大井と呼んだ。昭和になって大井普通水道組合が食糧増産を目的に昭和17年設立。19年頃完成。一区207名、田中16名(後に一本木、細新も加入したが水が少なく脱退)組合長は東照寺住職内藤氏。大岩盤で難工事となり朝本仙吉氏に依頼し、トンネルを掘って完成。

と記されています。昭和19年は1944年なので、今から75年も前に掘られたトンネルのようです。

ゴツゴツした岩肌、急峻な崖などの地形から難工事であったことが容易に想像できます。

トンネルの上流にはU字溝が埋設されており、豊富な水が流れています。

落ち葉に埋もれたコンクリートの蓋の上を歩いて行きます。

どんどん進んでいくと、少しずつ谷に近づいてきました。

静かに流れるこれが、いたちが沢です。

ここまでくると外界の音は完全に聞こえません。

聞こえてくるのは虫の声、鳥のさえずり、川の音だけ。

 

少し進んでいくと水門がありました。

豊富な水が流れています。

もう手が届くくらい近くに川が近づいてきました。

 

そしてついに到着です。みなさん見たことありますよね?

いたちが沢

 

龍江かるた

龍江かるたのイラストの場所ですね。

上流から見た写真です。

この険しい山肌にとても長い水路を引いた苦労は相当のものだったと感じました。

 

ところで、トンネルの出口ってどこなんだっけ?

もしかしたら出口は知っているという方の方が多いのかもしれません。

出口は、先ほどの砂利道の真下です。

 

トンネルの入口と同じれんが造りです。

ここから流れ出る豊富な水は眼下に広がる一区の田畑を潤していました。

きっと今年も美味しいお米や野菜がたくさん実ることでしょう。

 

先人が苦労して通した水路があり、それを今も守り続ける水利組合の皆さんがいることを龍江かるたは教えてくれました。